低温殺菌牛乳をつくり続けて25年
東京・浅草から私鉄特急で1時間20分の群馬県太田市は、広大な関東平野の西北端に位置する町。ここ太田市に工場と事務所、直売所をもつ、東毛酪農業協同組合を訪ねた。
「まず、この2つの牛乳を比べてください」と、同組合販売部門の東毛酪農直販(株)常務・木村弘さん。(消費者グループや学校給食の牛乳を飲んでいる小学生向けの見学会では説明役をつとめている。)
色は右がほんのりクリーム色、左は真っ白だ。そして 右の牛乳を飲むと、すっきりしたのどごし、しかもコクがある。左はスーパーで購入して飲む牛乳でおなじみの独特のにおいがあり、どちらかというと、のどに まとわりつくような味だ。右は殺菌時間63℃30分の〈みんなの根利牧場〉、左は120℃2秒のUHT(ultra high temperature)牛乳、両方とも東毛酪農の製品である。
「日本でシェア 90%のUHT牛乳は、じつは中味はLL牛乳と同じなのです」と木村さん。常温で60日間も保存できるLL(long life)牛乳と、多くの消費者が毎日飲んでいる牛乳が同じとは、これいかに? UHT牛乳もLL牛乳も、超高温で滅菌するのは同じ。違いは、LL牛乳は 内側にアルミ箔を貼った容器に無菌充填されていることだけで、どちらも保存用に開発された牛乳である。ではいったい、だれのために必要な“保存”なのか。
その前に東毛酪農業協同組合の歩みにふれると、1952年(昭和27)、近隣で生産する牛乳を集めて東京に出荷しようと、酪農家が集まって組合設立。その 後、最新式のUHT牛乳生産設備を備えた新工場を稼働させていたところに、東京の消費者グループから「新鮮な牛乳のよさをそのまま生かした、低温殺菌牛乳 をつくってくれないか」との申し出があった。当時はUHT牛乳のシェア99%の時代である。組合内では大激論になったが、消費者グループと勉強会を重ね、 1983年(昭和58)、低温殺菌牛乳の生産を開始した。
生乳のおいしさをそのままに
現在、組合の生産者37戸では、合計約1000頭の搾乳牛を飼い、毎日22tの生乳を生産。しぼっ た生乳の用途は、63℃30分の低温殺菌牛乳が約25%、65℃30分の学校給食用の牛乳が20%、UHT牛乳が45%、残り10%からコーヒー牛乳、 ヨーグルト、チーズなどを製造している。「本来ならすべてを低温殺菌牛乳にしたいのですが」と木村さん。同組合では学校給食用を含む低温殺菌牛乳に品質の よい生乳を、それ以外はUHT牛乳に加工している。
「低温殺菌」を和英辞典でひく と「pasteurize(パスチャライズ)」とある。その名の通り、近代細菌学の祖であるパスツールにより検証された殺菌法で、酪農の歴史の長いヨー ロッパでは、もっとも多く採り入れられている牛乳の殺菌方法だという。同組合が消費者グループの意向を受けて、低温殺菌牛乳の生産にふみきったわけを一言 でいうと、牛乳は生鮮食品だということだ。「たとえばサバの煮付けをつくるのに、わざわざ水煮の缶詰を買う人はいませんよね」と、木村さんは説明してくれ た。牛乳は毎日飲む生鮮食品だから、保存用に加工する必要はない。
ところで、日本 人が牛乳嫌いになる最大の理由は、固ゆで卵を割ったときのような、独特のにおいだといわれる。これはたんぱく質の熱変成によって生じる「こげ臭」で、 120℃〜130℃の超高温滅菌では避けられない。卵はゆでると白身が真っ白くなるように、高温を通すと色も真っ白くなる。いっぽう、飲むとおなかがゴロ ゴロするから、牛乳が苦手だという人も多い。これは牛乳に高温をかけると水溶性の蛋白質・カルシウムがなくなってしまい、胃の中で固まりづらくなり、さっ と通過して腸内に運ばれるからです。反対に、低温殺菌牛乳は胃の中でしっかりと固まりゆっくりと消化されるから、おなかの調子に影響が少ない。
ビンに詰めると、上に生クリームの層=クリームラインができる、63℃の低温殺菌ノンホモジナイズ牛乳。そのすっきりした味わいと風味は、母牛からしぼった生乳のおいしさが最大限生かされているからだ。
住宅混在地での酪農とは
「うちでは酪農家が毎日朝夕、搾乳した牛乳を、新鮮なうちに地元や首都圏の消費者に届けているの で、長期間もたせる必要はないのです。販売する側だけの都合を優先させれば、UHT牛乳だけ生産するほうが楽かもしれませんが、」と語るのは、代表理事組 合長の大久保克美さんだ。
太田市で酪農が盛んになったのは、戦後のこと。水田に向 かない土地を畑と牧草地として懸命に開きながら、酪農をおしすすめてきた。そして戦後60年余を経た現在、酪農家を取り囲むように住宅地が増え続けてい る。北海道のような広大な土地ではなく、住宅混在地で酪農を続けることの意味は何か。「もし酪農家の周囲に住む人が、新鮮な牛乳はいらない。UHT牛乳で 十分だということになったら、住宅混在地での酪農は必要ありません。」と木村さん。近くに酪農を営む家があり、新鮮な牛乳がいつでも手に入る。そのような 環境とシステムを整えることが組合の役割だし、日本の酪農を守ることにつながるというのが組合の主張だ。
利根川に近い太田市。組合では年3回、利根川の堤防や河川敷の草刈りを行い、刈り取った草はロールベーラーという機械で巻き、各酪農家の飼料とする。ま た、牛の糞尿は堆肥化して畑に活用、畑でとれる作物は自給飼料となって循環していく。そして乳質の向上のために必要な濃厚飼料=穀類は、おから、ビール麦 など、地元から出るものを積極的に活用している。
太田市から北へ、赤城山と日光の 中間、標高1000mの山あいに広がる根利(ねり)牧場では育成牛を育て、現在9頭の搾乳牛を飼っている。牛乳の味比べをさせてもらった〈みんなの根利牧 場〉は、夏は牧草地の青草、晩秋から春先には乾草を飼料として、できるだけ濃厚飼料減らした根利牧場の母牛の乳からつくられた牛乳。生乳のおいしさをその ままに、味わい豊かな、東毛酪農業自慢の低温殺菌牛乳である。
※参考:『みんなで育てたパスチャライズド牛乳の本』東毛酪農業協同組合・みんなの牛乳勉強会編
生産現場の風景等写真
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代表理事組合長の大久保克美さん。「牛乳は販売するためでなく、消費者に飲んでもらうためにつくる食品です」と語る。
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酪農家から運ばれた生乳は組合の牛乳工場で加工され、新鮮なうちに出荷される。
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牛乳タンクを再利用した浄水ろ過機は、群馬県内の小中学校用牛乳の紙パックと同じデザイン。名札には「水守純」とあり、組合のホームページには「純ちゃん日記」のコーナーも。
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工場となりの直売所には工場直送の牛乳・乳製品が並ぶ。〈みんなの牛乳〉〈コーヒー牛乳〉は、JR秋葉原駅総武線ホームのミルクスタンドでも買える。
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低温殺菌ノンホモジナイズ牛乳は720mlのリターナブルビンで販売。左の200mlビンは給食用で、東京都国立市と小平市の小中学校にも配達されている。
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牛乳からつくるバラェティ豊かな乳製品を楽しんでもらいたいと、チーズやヨーグルトなども製造している。
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直売所「ミルクランド東毛」では牛乳・乳製品のほか、国産牛肉や自然食品も販売。(10:00〜18:00開店、月曜定休)。
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群馬県沼田市の標高1000mの山あいに開いた、53haの根利(ねり)牧場。現在、9頭の母牛から〈みんなの根利牧場〉の生乳を搾乳している。
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